私たちがシセロピザにいく理由

私たちは、よくシセロピザに行きます。渡は、1歳の時から、ここのピザを食べています。特に渡は、喘息発作などがでると、どうも味覚が敏感になるようで、食べなれたものしか食べなくなり、シセロのピザしか食べません。実はこのピザ屋さん、地元で33年やっていたのですが、2001年に一度閉店しています。その話はここです。
この写真の真中にいるNunzio Cicero 氏は、実はこの記事の数ヶ月後に病気で亡くなっています。
私は、子供ができる前から、このピザ屋さんが大好きで、
よく通っていました。Nunzio Cicero 氏は、とても
”ガンコ”だといううわさも聞いました。たしかに、申し訳ないけど、アイソがいいという方ではないです。騒ぐ子供がいるとにらみつける感じでした。ほとんど会話は、ありません。なので、私は多動の渡を連れてゆくのがとても怖かったのですが、どうしてもこれしか食べない渡のために本当によくここに通いました。うちは、パパが単身赴任で、ここに居なかったので、3人で日参していたのですが、別にNunzioさんと話こともなく、ただ注文して食べるという感じでした。
栄養のバランスも大事なのですが、それよりもとにかく、やせ細った渡が死なないようにするのに、必死でした。一口でもなにか食べてくれれば、涙が出るくらいうれしかった、そんな感じの時でした。
日参していて、不思議だったのは、Nunzioさんは、渡が騒いでもなぜか、睨まない。なので、わりとリラックして、ピザを頂いていました。
この記事の2001年に
「シセロのNunzio おじさんが、シリアスな病気なので、お店を閉じる」
といううわさを聞き、あわてて、シセロに向かいました。店内は、うわさを聞きつけた人でごった返しています。
そこには、閉店するお店へのみんなの思いをつづったノートブックがあって、各自が思いを書いています。英語ができない私は、
「Nunzioおじちゃん大丈夫?」
とも、
「このピザがなくなったら、うちの渡は食べるものがなくなって死んでしまう」
とも書けず、最後のピザを食べて涙ぐんでしまったのを覚えています。
私は、英語が苦手で、なにもかけないので、ノートに自分のEMAILアドレスを書いて
"I miss you."
とだけ書き、お店をあとにしました。数ヶ月後、おじさんが亡くなったということを風のうわさに聞きました。月日がたち、渡の喘息発作のシーズンがやってきて、渡はまた、やせ細ってゆきました。シセロpizzaがあれば、食べるものがあったのに、とおもいつつ、子育てしていると、シセロが閉まった1年後に、突然シセロから、EMAILが入ってきました。
タイトルは、
"Cicero is back!"
どうもシセロは、再オープンするということで、前回とは違う場所に移っていました。丁度、渡の記事が新聞に載ったので、その記事をもって、渡がシセロのピザで大きくなって、新聞にも載って、おかげさまで生きているということをお話しようと思ったのです。
新聞を持ってお店にゆくと、懐かしいBobや他のスタッフの顔がありました。カタコトの英語で
「実は、渡は発作が起こると、シセロピザしか食べれなくて、本当に再度開店してくれたのがうれしい。私たちのことはここに載ってるから」と新聞を手渡すと
「あっ。きてくれたか!実はこの新聞ボクも取ってあるんだ」とカウンターの下から、新聞を取り出して見せてくれました。
お店を再度あけたBobの話によると、渡と私と香穂の3人は、なくなったNunzioおじさんもよくよく認識してくれていて、いつも
「あれだけ毎日くるのは、なにか事情がある。大丈夫かな?」とか
「今日は、あの息子(渡のこと)は、元気だったな、よかったな。ママは痩せてるけど、大丈夫か?」
と話していて、3人でいつも来るな。といっていたそうです。当時私は、多動で睡眠障害の渡を育てていたので、38kgしかなく、毎日ピザをたべても渡を追いかける運動量のほうが多いので、太らなかったのです。(あぁ、あの頃が懐かしい)
その私たちが新聞に載ったのをみて、みんなで、
「来るかな。由美は来るかな。大丈夫かな?子供は元気かな?」
と思って、シセロの開店のメールをくれたそうです。
Bobは、渡に
「Hi!俺の親友!これが親友の証だぜ!」と
シセロのTシャツ、それもNunzioおじさんの顔の絵が入ったまっ赤なTシャツを着させてくれました。渡は随分これがうれしかったらしく、Bobとhight 5 とジャンプで、手をあわせて、喜んでいました。
シセロが再開店したことを私と同じシセロファンすしとみの店長にも報告に行きました。そうすると店長さんは、渡の話にえらく感動してくれて(実は、私たちはここのすし屋さんにもとても御恩があるのです。それは後日・・)
「場所を貸すからさ。閉店後に、うちのお客さんを集めてシセロのピザパーティをしよう」
ということになり、メーリングリストで声かけしてくれて、この店長さんのご好意で14枚のピザを注文して、お持ち帰りにしてもらい、すし屋にもってゆき、みんなで頂きました。
渡が作った本当にうれしい人のご縁です。